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成田塗装になったきっかけ。

単に、大倉家として始めて長男として公務員ではない仕事に就いた、 私のつまらない話ですが、良ければ読んで下さい。

色々な夢

新潟県の田舎生まれの私の父親の職業は『消防士』いきなり、大阪の職員の空きができたからと言う理由で偶然合格採用されたらしい。そこで大阪に移住する事になった私なのですが、その少年時代にたくさんの子どもなりの感動が夢へと広がって行きました。

小学校時代にのったタクシー(日本タクシー)小豆色?のタクシー(このような色まず新潟には無いだろう、、)すごいインパクトでカッコ良く見えた少年時代。それになんと、乗車の度にポケットティシュをくれて、そして、運転手さんが優しい。これで将来の夢が決まったのです。
図工の時間、自分の将来の夢の絵本作り、『将来の夢はタクシー運転手』かなりの力作が完成したのです。

それからは、3才から続けていた『水泳』に明け暮れる。中学校も毎日、クラブ活動、一日に1万mは泳いだ、たまにさぼる事があったが、すぐに家に電話が有り車で連れ戻される

その、鬼顧問からの口癖はいつもこうだった。『しんどいのも 泳いだら直る』確かに泳いで練習していたら、練習の辛さで軽いシンドイ!!なんて気持ちは忘れてなくなる。一応は合っていたのだろう。

その鬼顧問は元自衛隊員、、クラブ活動の合間に、良く人命救助訓練もさせられたものだ、服を、靴を履いたまま泳ぎ、救助する、おかげで全国大会までは0.数秒届かず、行けはしなかったものの、近畿大会には出場出来、観光バスまで借りた応援団がその会場、和歌山まで来た事が嬉しかった。しかも、教頭先生からも、晩ご飯にとお小遣いも、頂いた。

高校になると、多少賢くなるのか、安定収入の公務員に魅力を感じる、父が消防士なら、俺もそれが良いと、、、
単純に。
ただ、その年の映画『バックドラフト』消防士の映画が重なり、最悪なくらいの競争率、あっけなくダメだったのだ。

そこで、頭の片隅に有った家具を作る事の夢、『家具職人』中学校、高校と、なぜか同じ場所への旅行 飛騨高山でそれを見てほんの少し感動した事から都合良く、その夢が復活した。『飛騨に修行にいこう!!』その理由は単純に一人暮らしが出来る!!

堅苦しい公務員の家から脱出出来ると、、、、ただそれだけでした。しかし、少しは賢くなった高校生の私ですから、女の子も意識する様になっていた事があり、家具のデザイン専門学校に移行と閃いたのです、東京は中野にある専門学校に目が付いた。

東京=都会=出会い=友達=女の子

頭の中では井の頭公園を女の子と二人で散歩する自分が、、、そんな楽しい事を想像する時間んも長くはありませんでした。学費がかかる事に気づいて無かったのです。安定はしていた?ものの、『お金がないと、』その一言できっぱりと諦めました。笑

結局ハローワークで見つけた家具製作所、株式会社と有限会社の2つの家具製作所が有り、単に、株式会社は大きいイメージが有り、沢山人がいて、『俺なんかに目が届かんだろう、、、届かない=頑張っても評価が無いかもしれない。=給料が上がりにくいかも、』そんな理由で有限会社の方を選んだ。。

そして面接し採用されたが、月の給料は10万円すら届かない悲惨な金額だった。。。甘くはないんだな、、、笑。友達はみんな大体手取り17~8万位、、、当時は恥ずかしくて言えず、嘘付いて『18万くらいだぜ!!』なんて、言いふらしていたものだ。

そしてそこで、家具を磨き、クリア塗装する作業をしていた時、お客様が来て、『楽しそうだね、その家具私のだから少し塗っていい??』って言うものだから、、自分のだったらいいか、、一緒に塗った事がとても楽しかった。未だに、あの事だけが凄く思い出として残っている。

ただ、周りの人達と、うまくいかず、喧嘩、、、何だコイツ!!って思ったらすぐに反抗していた。そして、辞める事になったのです。社長は『辞めなくていい』と言ってくれたのですが、、相手が気まずいだろうと言う理由で辞めたんです。

まぁ、社長の息子も好きではなかったし、、良く私に、預金通帳見せて来て嫌みの様に金額を自慢してくる嫌な奴でしたね。。。笑。そして、3日程、、いわゆるプータローですか、、3日間だけの短いプータローでした。。そのプータローを止めたのが高校時代の先輩の電話。
『忙しいから、手伝いにきてくれんやろか?』
暇だし、まあいいやと一つ返事で行く先が「ペンキ屋さん」言ってすぐ 緑のペンキで 窓に付いてる格子を塗ったら、凄く褒められた。。。。。

単純な私は『やっぱり!俺は才能が有る!!』とそのペンキ屋が本職になるのです。。。そりゃ、毎日本当に楽しくて、休みなんかいらないくらい。

給料も冗談で¥1,1000/1日って言ったらそれで決まっちゃって。笑。珍しい事に、父から『たまには休んだらどうや!?』とまで言われる程。当時車が欲しかった私はがむしゃらに働きました。

そして念願の車、中古車で 6万円、 全部入れても12万円、ランニングコストも考えて安い車で満足して、毎日、眺めて乗って遊びに行った事も良い思い出、彼女も出来て楽しかったひとときでした。ただ、問題も有り、給料をまともにもらう事は1回限り、15日の給料でしたが、半分もらい、その残りは10日後15日後、結婚していた先輩は優先的に全額もらっていた。

でもそれが普通だと思い自分自身は納得していたが、周りは違うみたい。。。『そんなんおかしい!!』と、声を揃えて言うんだから、、、とずるずると仕事を頑張りながら、2年が過ぎた、ある日、親方に仕事の事で聞きたい事があったので、家に行ってピンポン!無反応だった。まぁいつも現場には来ない人だったので、気にもしてなかったのだけれど、数日後、夜逃げした事を取引先から聞いた。

『ガァ~~~ン』すぐに思い浮かんだのは、自分の給料、、、、今月は27万円程有ったはずだ、、どうしようと。。。そう言えば倉庫の家賃も大家さんが集金に来たので2ヶ月分の6万を立て替えていた。。。戻ってこなかった。。

数日後倉庫に行くと何もかも、もぬけのから。先に辞めて他でペンキ屋さんしていた、先輩を頼ろうと、電話するも、人員は足りてる様子。後、閃いたのは、『自分でやるしかない!』単純にそれだけだった。出来るわけも無いのに、そのひらめきは、『夢』へと変って行く事になる。

母から教わる授業料

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